マレーシア工科大学、サイエンス・マレーシア大学訪問と現地資源問題の研究者と情報ネットワークの構築
経済学科 教授 小田野 純丸
「2020計画」を掲げて先進工業国入りを狙っているマレーシア政府の産業政策に関わる諸問題と課題を浮き彫りにし、産業展開の現状と開発事情を検証することが本研究の中心テーマである。特に、マレーシアが産出する天然ガスや原油資源をどのように位置づけるかが発展戦略の一つの鍵になると見込まれている。それは、資源輸出を足がかりにして対外バランスを有利に管理しながら、自動車や電子工業品の輸出基盤を確保し、ゆるぎない製造業を中心に置いた先進工業国化を目指しているためである。対外経済バランスの維持政策と資源輸出産業の位置づけを基本に置いた戦略の方途を見極めることが本研究の最初の段階における重要なポイントである。1997年に発生したアジア通貨危機の際に、韓国、タイやインドネシアという周辺アジア諸国は資本逃避や為替レートの切り下げという危機に見舞われ、全面的な経済危機へと追いやられてしまうという苦い経験に直面した。マレーシアも同様の危機に翻弄されることになった。しかし、危機の初期段階で、資本逃避を抑制するために、国外資本市場との連動を希薄化させる強硬政策を導入することで甚大な経済危機に陥ることを回避することができた。当時の政権指導者が欧米諸国に過度に依存するシステムを嫌悪していたこと、そしてアジア中心の経済連携体制を指向するビジョンを有していたことと関係していたためである。マレーシアのこの方針がアジア諸国で完全に共有されていたわけではない。しかし、これらの苦い経験から、マレーシアばかりでなく多くのアジア諸国が、対外不均衡の悪化要因の存在がリスクの波及に大きく関係したことを学習することになった。そのリスク要因が経済構造の脆弱性を抉り出し、やがて危機状態に陥れる可能性が高いことを教えている。
こうした経験と理解を前提に、リスクへの対応策の一つとして輸出増強という現実的政策路線が定着してきている。その路線を確たるものにすることで経常収支の安定的黒字化を定着させるのではないかという期待は強い。結果として、対外準備保有高を積み上げることになり、これは対外経済危機に直面した際には、為替市場に介入をして自国通貨の価値保全に活用する手段を生むことになる。また、アジア諸国は潤沢な外貨準備を積み上げることで、対外的信用の確保(外貨水準はカントリー・リスク評価にプラスに作用すると理解されている)に取り組んできている(例えば、中国の対外準備の急速な積み上げに見られるように、経済基盤の健全性につながるという理解と深く関係している)。
幸いなことに、マレーシアは天然ガスなどを中心にした地下資源に恵まれている。政策担当者は、当然のことながら、この条件を発展戦略の中に如何に活用すべきであるかという戦略論議を展開している。現状の経済発展戦略の中にはすでにその基本的アプローチが織り込まれている。しかし、資源開発の方針はナショナリスティックになりやすい傾向がある。その一方で、当然のことながら、資源開発には多くの要因を適正に理解しておくことが求められている。資源開発には、例えば、事前検証と探査、発掘方法の確定と技術の確保、発掘作業の推進、貯蔵・発送施設の建設と維持、輸出市場の確保、資源価格の動向の把握、などが不可避の分析条件となっている。ナショナリスティックな姿勢だけではこれらの条件を完全にクリアすることは不可能である。探査と発掘段階では技術者の教育訓練、新技術の導入などを通じて国際企業との協力は欠かせない。また、海外資本の参画も自国リスクの軽減のためには不可避の選択となる。外貨収入の確保という意味では、販路確定のためのマーケティング活動は重要である。日本の事例を挙げれば、これらの活動に比較優位を有しているのは総合商社であり、その参画についても事前段階から参画に向けた努力が望まれる。これらは、エネルギー資源の国際市況と展望に深く関わっている。不確実性の高い市況動向の分析は、世界の資源需給の動きを精査しながら慎重に取り扱うことが不可避である。この段階でも、多岐にわたる分野の多くの専門家の教育訓練と専門情報の分析・解析の人材が求められることになる。
今回、マレーシア工科大学(クアラルンプール)とサインス・マレーシア大学(ペナン)を訪問し、関係する研究者と検討、議論する機会を得ることができた。両大学とも、自然科学を重点に置いたカリキュラムを強化する方針を採用している。専門教育や研究経験を欧米の大学で受けた中堅の教育者を増やす努力を続けている。彼らの多くは国造りという熱い意欲に溢れているばかりでなく、自身と自身の研究分野について発展する経済の中で正当な理解を受けながら認知される可能性を模索しているという強い印象を受けた。しかし、マレーシアでも学生の自然科学離れが顕著で、進路分野として経営学や会計学分野の人気が圧倒的に高く、こうした傾向が懸念されるという指摘をした大学関係者が複数いた。2005年から2008年の期間を通じて、世界の資源価格が急騰し、株式市場が沸騰する流れがあったため、学生の進路選択がこのような世界景気の動向と符合していたのかもしれない。実験室で昼夜研究を続ける生活よりは、美しいオフィスで決められた時間に仕事をこなし高給を得る生活のほうが魅力的であるというのは、日本を含めた欧米に限られた現象ではないということを知らされた。
資源開発における国際協調は不可欠であり、そのシステムの最適化をどのように作り上げていくかという課題がマレーシアに求められているという指摘は興味あるものであった。これは、政策担当者の中に全ての資源開発活動を By Malaysia という狭量な姿勢で捕らえている向きがあることを懸念したものである。マレーシアの産業強化のために必要な一つの要件は、ある意味で愛国主義を後ろ盾にしたマレーシア化に傾斜したアプローチでなく、グローバル展開を織り込みながら比較優位を確保する戦略的姿勢にあると考えられる。1980年代から巨額の資本を投入してきた国民車構想の Proton 自動車の育成も、最近時点で輸出展開を視野に入れ始めたことが契機となって、品質、デザイン、販路の強化に結びつき始めている。2020戦略がその目標に近づくにつれ、マレーシア経済、産業について世界経済の中での位置づけを再度検証することが同国関係者ばかりでなく、アジア経済の関心ある研究者によっても関心をもたれている。そのような研究や分析成果の社会的価値は高いと考えられる。
マレーシアの対外均衡維持に向けた政策の取り組みは、ヒヤリング作業が終わった直後に始まった世界的信用危機、金融危機、経済危機の登場で、前提条件を含めた再検証が不可避となってしまった。資源エネルギー価格の急落と低迷は、同国が描いていた資源輸出を基盤にした対外バランスの安定化に慎重な対応を求めつつある。輸出促進についても、従来型の欧米向けの電子、電気機器類の輸出依存型の展開はリスクが大きく成りかねないと心配されている。今回の研究実施を経て、以下の研究課題に取り組みながら成果の取りまとめに傾注していくという計画が生まれている。
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世界景気の後退の中で、マレーシアの資源エネルギー産業の調整の可能性について、同国の政策シナリオと照らし合わせながら検証すること。
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産業構造の調整が求められている中で、マレーシアの対外不均衡調整の選択肢について比較考量すること。
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同国の資源エネルギー部門の発展の可能性と輸出市場への接近について、改めて数量的に分析を展開すること。
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周辺アジア諸国との経済関係で、マレーシアの比較優位産業を確認しながら地域経済構造の展開の可能性について分析すること。
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